個人的評価★★★☆☆(古典としてなら★★★★★)
『ええ。誰にも昼間があるというのに、どうしてわたしには、夜しかないのでしょう?』(牢屋内でのエスメラルダのことば)
はじめに
この物語の作者は、数年前ノートル=ダム大聖堂を訪れ、いろいろと調べ歩いたのだが、そのとき塔のうす暗い片隅の壁に、つぎのような言葉が刻まれているのを見つけた。
Ἀνάγκη アナンケ 宿命
このギリシア語の黒ずんだ大文字、中世の人が書いたらしい古びた文字には、とりわけ悲痛な運命が隠されているように思われて、わたしは強く心を打たれた。
犯罪や不幸な出来事を想像させるこの<宿命>の文字を、古い大聖堂の壁に書き残したのは、いったいどんな悩みを持つ人間だったのだろう?
ノートル=ダム大聖堂の塔に、この言葉を刻み付けた人間は、何世紀も前に姿を消してしまったし、言葉自体もその後、大聖堂から消えてしまったが、この物語は、大聖堂の壁に書かれていた<宿命>という言葉から生まれたのである。
(ノートル=ダム・ド・パリ 冒頭P11より引用)
一分間で分からないあらすじ
15世紀末のパリが舞台のはなし。
ノートル=ダム大聖堂の副司教クロードは、ジプシーの踊り子エスメラルダに一目ぼれし、大聖堂の鐘撞き男であるカジモドに誘拐させて自分のものにしようとする。
しかし、王室射手隊隊長のフェビュスに妨害され、カジモドは逮捕され、エスメラルダはフェビュスに恋をする。
逮捕されたカジモドは、女性を襲った罪で鞭打ち刑に処されるが、そこでエスメラルダに助けられ、エスメラルダに恋をする。
一方、エスメラルダとフェビュスはセーヌ川沿いの橋のふもとにある怪しい婆が経営している宿らしきところで逢引するが、それに嫉妬したクロードが背後からフェビュスをナイフで刺し、逃亡する。
後に残されたエスメラルダは、フェビュスを刺した犯人とされ、ジプシーであることから魔女裁判にかけれられる。
魔女裁判で死刑を宣告されたエスメラルダを救うべくカジモドが動くが・・・
というのが途中までのあらすじ
読んでの感想
THE・古典(ゴシックロマンス)小説
ヴィクトル・ユゴーは、代表作『レ・ミゼラブル』が有名であるが、この小説も舞台化や映画化されており、有名な作品だと思う。
映画はディズニーで『ノートル=ダムの鐘』という名称で映画化されている。(映画の原題は、ノートル=ダムのせむし男)
この本は抄訳だけれども、完訳はレ・ミゼラブルなみに長大で慣れないと読みにくい。
他に、個人的には『死刑囚最後の日』も面白い。(反死刑制度のために書いた小説)
登場人物大体自己中
カジモド・・・鐘撞き男。背中と胸に大きな瘤があり、背が曲がっている所謂『せむし』(背中に虫が入っているようだから。※放送禁止用語)の男。
容貌も非常に見にくく、また、耳が聞こえない。幼いころにクロードに救ってもらい、クロードに忠誠を誓っているが、鞭打ちの際、エスメラルダに救われたことにより無垢な愛を抱き、エスメラルダを救うために尽力する(クロードは鞭打ちのさい、眼をそらして助けなかった)
クロード・・・エスメラルダに心奪われ、自分のものにしようとするが、初手が誘拐というとんでもない行動をする。もっとやりようがあったのではないだろうか?
ずっと司祭をしてきて恋愛とかが分からないというのもあったのだろうか。
振られてからはもはや愛憎が抑えきれず、それにより物語は不幸な結末へと進んでいく
フェビュス・・・婚約者(恋人)がいるが、エスメラルダと逢引き。その後、一命を取り留めるが、エスメラルダの死刑を知っても、自分とのことが噂になるのを恐れ、関わり合いにならないようになる。
エスメラルダ・・・悲劇のヒロインではあるが、フェビュスの生存と恋人の存在を知った後も熱烈な恋心は残り、それが不幸を呼ぶことに
差別・偏見・魔女裁判
せむし男への差別や、ジプシーへの偏見(魔法を使うと思われていた)、魔女裁判の非合理性の描写など、やはりユゴーは悲劇と社会批判的なことを書かせると天下一品感がある。
裁判で魔女が犯行を認めないと拷問をし、拷問で自白すればそれを元に死刑にするというのが魔女裁判の流れであり、そこには人の倫理や合理性への疑問が強くみられるのである。
当時の裁判制度にも反感を示しており、裁判所に対する以下の記述は面白い
『このカジモドの裁判を担当するフロリアン判事は、近頃耳が遠くなっていた。判事としてこれはちょっとした欠点といえる。それでも、判事はいつも被告の訴えを聞いたふりをして判決をくだしていたし、だいたい裁判官というのは、聞いたふりをしていれば済むのである。』
物語は悲劇的結末へ(映画はハッピーエンドらしい)
一度はカジモドによって死刑から救われる(受刑者でも大聖堂内に入ると、刑吏たちは手出しができなくなる)が、クロードの陰謀により結局は再度捕まり、エスメラルダは処刑されることになる。
その前後にある、エスメラルダと母親との再会、クロードとの葛藤、そして最後の描写はまさしく古典的名作といえる。
『この骸骨を、それが抱きしめている骸骨から引き離そうとすると、骨は粉々に砕け散ってしまった。 完』P213
文章の古さに目をつむれば、そこには歴史の試練を耐えてきただけある、古典としての小説が出てくる。
是非読んでみて欲しい一冊。