個人的評価★★★★★
生きている人は———生きている人はね、子供みたいなんだ。死ぬためのゲームをしてるんだから。ボクは死ぬことなんてこわくないっていう人たちを見てきた。
死をかわしちゃうようなずる賢い人、死に振り回されるだけの弱い人、いろんな人たちのなかで生きてきたけど、死を考えて生きているだけの世界がどんなにちっぽけな、意味のないものかってのがわかってた人は、一人もいなかった。
ボクにもわかってなかった。これまではね。 (P87より引用。下線はブログ主)
スペインの作家による、120ページほどの短編小説。
深い森の奥にあるすり鉢状の深い穴(7メートルくらい)に、2人の兄弟が落ちてしまったところから物語は始まる。
脱出を試みるも、うまくいかず、穴の底で木の根や虫を食べて脱出を思案する生活が始まるが・・・
兄はひたすら筋トレなどを行うが、弟は精神に異常を来たしてきて、幻想の世界に入っていく。途中からは、弟の幻想的・幻惑的・形而上学的意識での語り(せん妄状態の迷言ともいえる)が主となるが、ベースはあくまで脱出を思案する兄とそれに従う弟の極限状態・環境での生活がある。
ここには、事実的存在への指向(兄)と本質的実在(弟)の対比があるようにも思えるが、別の意味に捉える人もいるかもしれない。
途中で、兄弟を穴に落とした存在らしきものが出てきたり、物語の結末を予言させる弟の言葉がでてきたり展開は色々とあるけれど、全体が暗喩と寓意に満ちていて、読者自身に、どのように物語を捉え、解釈するかが委ねられていて興味深い。
社会批判とも捉えることもできるし、人間の本質を考察する物語とも捉えることもできるし、どう読むかはあなた次第。
救いがあるかというとそこも含めて微妙なところ(笑)
なお、物語の途中で、弟が『すべての数字には言葉が割り当てられていて、そのうち人間は数字で会話できるようになる』というようなことを言い出すが、物語終盤で弟は、数字のみでメッセージを残す。
これが、本の中に隠された暗号の解読キーとなっていて、暗号を解読すると、著者が伝えたかったメッセージが出てくるという面白さがある。
なんとなくタイトル買いした小説だったけれど、値段的にも買って損はない小説でした。
しかし、深い穴ってなんとなく惹かれるよね。村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』とか、主人公が深い井戸の中に入る描写が好きで何度も読み返した記憶があるし、最近読んだ児童文学『穴 HOLL』も面白かった。
この作品の著者は他にも翻訳されているようだけど、かなり幻想性の強い印象のある作家なので、他も買うかは個人的には検討中(病気治療中だとどうかな~っていう感じ)